母の闘病日誌(1)より続き
母は、私が病院に当初呼ばれたときから覚悟は決めていたようだ。
「私は、もうどうなってもいい」とか「どうせ生きていても役にたたん」等と自暴自棄な発言が目立っていた。
弟とも相談したが、
「諦めさせてはいけない」
「病気と闘う意思を持ってもらわねば治るものも治らない」
との思いから、癌という表現は避けながら、生きる希望を持たせるよう努力した。
母を説得するには、たいして時間は要らなかった。
「あんたがしたいようにすればいい」
手術を受け入れたのである。
手術は5時間にも及んだ。内視鏡で少しずつ腫瘍をスライスしながら切除すると言うものだ。
切除が終わったら膀胱壁をレーザーで焼きながら止血する。
事前に手術内容は説明を受け大変な手術であることは理解していた。5時間も意識を集中して手術を行ってくれている医師に敬服する。
無事手術が完了。手術は成功した。膀胱壁も破れることなく止血もうまくいった。しかし1週間は予断を許さないという。いつ出血するか分からないというのだ。もし出血したら再手術が必要な場合も有るというのだ。
取り出した腫瘍は、ビニール袋一杯に広がるものであった。こんな大きなものが膀胱の中に入っていたのかと驚いた。
術後の経過もよく、心配した出血も無いまま無事1週間が過ぎた。
退院できるのだ。
しかし、この後に起こる、母の苦悩は、この時点では全く想像もつかなかった。
全てがうまく言ったと家族皆で大喜びをしたのだが・・・
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