田川での映画作り、3度目の正直?

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 1度目は4−5年前の話。川崎の盆踊りは全国でも珍しいから良い脚本が出来る、映画はヒットする。と川崎出身の監督を紹介され脚本まで見せられたが、実現しないままうやむや。
 2度目は昨年の「すかぶら」。西日本新聞がたいそう持ち上げて書きまくったが、制作費が確保できないので映画製作実行委員会の委員になってくれといって要請があったが、制作費の話が余りにも大きすぎてその後うやむや。どうなったのかな。
 3度目は赤坂小梅のドキュメント製作。これまでとは違う意気込みと現実的な予算規模に、こんどは大丈夫そうだなとの感触を持った。 
いずれのケースも心情的には是非完結してもらいたい、出来た映画もヒットして田川が全国的に脚光を浴びるようになれば良いと願っていますが、先立つものは金のようです。
 川崎町出身の赤坂小梅は戦前の歌姫であるばかりでなく、実は政界、財界の要人と通じた大人物だったのです。このことは、今の人はほとんど知りません。戦争の混乱と炭鉱の閉山で忘れられたものになりました。
 赤坂小梅の細腕繁盛記。どんなドキュメントになるか是非完成させてもらいたいものです。
 私も出来る限り協力したいと思っています。
 ただし条件をつけました。
 1地道に地元の根回し、説得をしてムードを盛り上げること。
 2ドキュメントの支持者を拡大するためにイベントを打つこと
 3自治体に全部依存するのでなくて、支持者に制作費を作って   
  もらうこと。
 これらの見通しがつけば完結できますが、つかなければ前2回と同じ道をたどります。

 必要は発明の母。世間が必要とすれば物事は成就する。これ自然の理なり。
   
        赤坂小梅の実績に改めて感服する
        シンガーソングライター  
            さくらい英夫